CLANNADについて語ることに関する能書き

いまさら、かつ唐突に補足しておくと、以下のようになる。なお、この日記全体に言えることだが、妙に持って回ったような言い回しも含めて、書きたいことを書きたいように書いているだけなので、この文章に読む価値があるかどうかはまったく保証の限りではない。
自分は作品に対する自分の好みにはかなり自覚的で、好きそうな作品かそうでないかは、その作品の宣伝のされ方、周りの反応、作者の性格・趣味・人となりなどからだいたい判別できて、しかもこれまでほとんど間違ったことがない。
CLANNAD、というかKey作品全般について、自分にとってあまり好きなタイプでないことは始めから分かっていたし、実際プレイしてみてもその感覚は間違っていなかった。一言で言えば、理解できない部分が多すぎる。それは物語上の謎というより、作者の意図であるとか、このゲームをやって素直に感動している大勢の人の感覚であったりする。「理解できない」という感覚は、「つまらない」という感想とは似て非なるものだ。それどころか、自分は今、このゲームは面白いと(半ば確信的に)思っている。その面白さが自分にはちゃんと理解できないだけで。
なんだかんだと、愚にもつかない感想をここまで書き並べているのはそういうことだ。この面白いはずの作品をどうやったら面白いと感じられるか、それが楽しい。これは皮肉でも揶揄でもなく、純粋な知的好奇心だ。加えて自分の無知に対する知、というか、自分が面白いと思う作品が面白いのは当たり前で、それだけしか見ないなんてもったいないよなーというのが本音だったり。願わくば、これまで知らなかった面白さを発見できれば…。