ヒトはいかにして人となったか 言語と脳の共進化 読了

ヒトはいかにして人となったか―言語と脳の共進化

ヒトはいかにして人となったか―言語と脳の共進化

第II部「脳」 の要約

  • 第5章 「知能の大きさ」

知能の程度は単純に脳の大きさでも、体の大きさとの比率でも測れない。象や鯨のような大型の哺乳類の脳はヒトの脳より大きいしニューロンの数も多い。体に対する脳の割合ならヒトよりマウスの方が二倍大きい。体の大きさが違えば生存の条件も異なるし、幾何学的な制約もあるので、小動物の脳と大型動物の脳の違いは単なるスケールの違いではない。

  • 第6章 「育ち分かれる」

脳と体の成長の三つのパターン。哺乳類の小型品種におけるドワーフ現象、霊長類の胎児期のおける体成長の遅れ、ヒトにおける体成長の遅れと脳成長の持続。

脳と体の大きさのバランスが変わると神経結合のバイアスが変わる。その結果、脳組織の配分が変わり、機能が転移する。

  • 第8章 「お喋りする脳」

喋るアザラシ「フーバー」の例。鳥とヒト以外の哺乳類とヒトの発声の解剖学的な違い。反射的な叫びと咽頭発声音の随意運動制御。

  • 第9章 「シンボル・マインド」

ヒトの異常に大きな前頭前野が言語とどのように関係するか? 前頭前野皮質の重要な役割は記号の保持や検索ではなく、記号レファレンスを支える記憶の分散的アーキテクチュアの構成にある。ウィリアムズ症候群(後部皮質に障害)と自閉症前頭前野の機能低下)の特異な認知障害

  • 第10章 「言語のありか」

脳神経外科的知見について。ブロカ失語症(語を発することができない)とウェルニッケ失語症(語の意味が分からない)。電気刺激と血流測定による、言語課題に関係する脳領域の調査。側性化(大脳両半球の機能表象の違い)は発達的なバイアスによって競合する機能を分離した結果であり、言語処理に関しても両半球は相補的な機能を果たす(左半球は音素と語の分析など高速の処理を行い、右半球は韻律などの大きな時間的スパンの処理を行う。右半球が損傷すると物語の筋が理解できない)。

第III部「共進化」 の要約

  • 第11章 「言葉は肉体となりて」

ボールドウィンによれば、学習と行動変容によって自然淘汰が増幅したりバイアスしたりすることがある。つまり個体群は自然淘汰の文脈を行動的に変容し、それが彼ら一門の将来に影響することがあるのである。生物が行動を変え、その祖先が占有していたニッチを離れれば、その後の世代は新しい淘汰圧に当面するわけである。
(中略)
遺伝的同化*1はいろいろな点で連合学習に似ている。連合学習は周辺環境の事件の一定の不変な関係を予想する反応によって強化される。しかし違いも重要である。遺伝的同化にとって刺激変数間の条件的関係は数百世代にわたって一定でなくてはならず、各個体はこの関係を同一の仕方で内在化しなければならない。
(中略)
しかしここに一つの謎なのだが、言語構造のもっとも普遍的なるべき属性が、表層表象においてもっとも一定しないのである。処理の仕方はさまざま、脳内局在性は個人-間または個人-内ですら、きわめて乏しい。したがってそれは言語特徴のうちでも、特定の神経的サポートのもっとも進化しにくかったものである。多くの言語学者が普遍文法のもっともありそうだとする言語の側面が、まさしくボールドウィン型進化にとってありそうにない。

ヒトにおいて普通でないのは、ほとんどの物的社会的な適応にとって間に合う第一次学習過程に対して、高次の再符号化の可能性、つまり学習解消へ、バランスが極端にシフトすることである。
この滅多に用のない学習様相のための、しかしどうしても必要な素質を、言語以外の他の適応用件で説明できるであろうか。自然には記号学習課題のようなものはきわめて希である。(中略)要約すれば、記号レファレンスそれ自体が、そのような広範な、むしろ学習にとっては逆効果のシフトの、考えられる唯一の淘汰圧であったと考えられる。記号の使用それ自体が、ホミニド*2進化の中で脳の前頭前野化のための第一の起動力であったにちがいない。言語にとって最も重要な連合学習の一つのモードに強くバイアスされた脳を創ったのは、言語そのものであった。

  • 第12章 「記号の起源」

記号学習はそれに向いたバイアスを持たない種では非常に困難で、相互関係連合の全システムが整理されないうちはあまり役に立ちそうもない連合学習を相当やらなければならない。このコストにもかかわらず記号通信を選択することには重要な利点があるはずである。それはヒトの生殖社会行動と関係がある。狩猟のための協力関係と生殖のための排他関係を両立させるのは記号でしか表すことのできない公的な約束ごとである。最初の記号学習は儀式による。

  • 第13章 「心は儲けもの」

より自然の習慣的な反応からその反対へシフトするのに、過去の強化に打ち勝つだけの前頭前野バイアスが必要。チンパンジーはよく発達した前頭前野を持ち、他の種にはできない多くの予測-反転、反応-抑制の問題を解くことができるが、選択肢が強力かつ顕著であると混乱してしまう。バイアスは程度の問題にすぎないかもしれないが、ある文脈においては前頭前野バイアスの程度が成功と失敗を分けることになる。記号学習の成功失敗がまさにこれである。

  • 第14章 「夢を与えるもの」

脳は記号能力を進化させたことで倒錯的にあらゆるものを記号的に解釈するようになった。死に対する恐れ。神秘と宗教への傾性。意識とは。心とは。デカルトとサールの中国語の部屋チューリングテスト
(おわり)

*1:持続的な環境条件に対する自由な適応反応が、自然淘汰によってそのような適応反応の発生を強くバイアスするような遺伝素質に置き換わること

*2:ヒト科